ウカンムリ日記
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皆さま、こんにちは。オリンピックでは日々熱戦が続いていますね。メダルの色はもちろん、選手の頑張りも、目に眩しい夏です。

今日はミール風ブックトーク「読んでミール?」の第11回をお届けします。五感につながる「一文字」テーマシリーズ!前回の「音」につづき、「色」をお届けします。今回も、ブックトーカーふたりのこころの本棚から3冊ずつ、ご紹介します。

第11回「読んでミール?」の始まり、はじまり。

 

 

Book Talker Naomi***

 

①レオ・レオニ 著
『あおくんときいろちゃん』(1959)
至光社ブッククラブ国際版絵本

古典とも言われるこの絵本はレオ・レオニが孫たちにお話をせがまれた時に生まれた作品です。
単純な絵が小さい子供にも分かりやすく、あおときいろが合わさりみどりになるという内容は融合という深い意味で大人にも考えさせられる作品だと思います。
今回の「色」というお題で本を探した時に、同じレオ・レオニの作品でカメレオンが自分らしさを探す「じぶんだけのいろ」と迷ったのですが、単純な絵の中にも色々な感情を表現している「あおくんときいろちゃん」はやはり名作だと思いこちらを選びました。
[参考]レオ・レオニ著
「じぶんだけのいろ」(1975)好学社

 

②砥上裕將(とがみひろまさ) 著
『線は、僕を描く』(2019)講談社
☆第59回メフィスト賞受賞作

この作品は「水墨画」という墨の線だけで描く芸術が題材になっています。いわば黒だけの世界の作品ですが、本書をあえて選んだのは黒一色といいながら、その濃淡やさまざま技法を使って描き出す絵の奥の深さ、そしてその絵の中に色を感じ、魂を感じる内容に心惹かれたからです。
実際に私が水墨画を見てもそれを感じる事が出来るかと言えば難しいかもしれませんが、ただそういう世界があると言う事を知るきっかけとなり、今度じっくりと水墨画を見に行きたいと思いました。

 

③ブレイディみかこ 著
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2019)新潮社
☆本屋大賞2019ノンフィクション本大賞受賞作
☆第73回毎日出版文化賞特別賞受賞
☆第7回ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)

これは英国に住むアイルランド人の父と日本人の母を持つ少年の中学校生活を、母であるブレイディみかこさんの目線を通して書かれた作品です。
題名にあるホワイトとイエローは肌の色をさしています。
肌の色については差別問題がはらんでいて、有名なところでは絶版と復刊を繰り返した「ちびくろサンボ」という絵本があり、また差別用語に繋がるということでクレヨンの「肌色」は2005年には完全に無くなり「薄橙」又は「ペールオレンジ」と呼ばれるようになりました。
肌の色や国籍、貧富の差などの色々な問題を、時に迷いながらも自分の力で解決していく息子の姿に「子供ってすごいな!」と思わされます。
親というのは心配のあまり、とかく子供に干渉したり指示を与えたりしがちですが、ブレイディみかこさんの一緒に考え悩み、最終的には子供が決めた事を認めて応援するというスタンスがとても良いと思います。
子供の持つ無限の可能性と、親としての在り方を教えてくれる作品のような気がしました。
題名の「ブルー」は日本でも正式な英語の意味でも使われる「気持ちがふさぎ込んでいる」「憂鬱」をさしているかと思いますが、最後のページで息子が、今は「ブルー」ではなく「ぼくはイエローでホワイトでときどきグリーン」と言っている言葉がとても印象的でした。
ちなみにこの「グリーン」という英語の意味には「環境問題」とか「未熟」「経験が足りない」などの意味があるそうです。
今は「グリーン」という彼がこれからどんな色に変わっていくか…いち読者としてもとても楽しみです。

 

Book Talker  Chie***

 

1 堀川恵子 著

『教誨師』(2014)講談社

☆第一回城山三郎賞受賞

教誨師(きょうかいし)という言葉をご存じでしょうか。広辞苑には「教誨」の意味として(1)教えさとすこと。(2)刑務所で受刑者に対して行う徳性の育成を目的とする教育活動。宗教教誨に限らない。「――師」とあります。

本書の“教誨師”は、拘置所で死刑囚と唯一面談できる民間人として、無報酬で死刑囚と向き合う宗教者であり、その苦悩や葛藤を描いています。死刑囚と対話し、死刑囚からの問に答え、さらに刑の執行にも立ち会うという想像を絶する困難な役割を半世紀もの間続けた広島出身の浄土真宗の僧侶、渡邉普相の告白を中心に、ノンフィクション作家として名高い堀川恵子によって本書はまとめられました。

読み進めるのは恐ろしいけれども、読まなくてはいけないと駆り立てられるのは執筆者の筆力と、やはり教誨師である渡邉普相の人間力に惹かれるからだろうと思います。渡邉の没後に出版する、という渡邉との約束通り、この世に送り出されました。

「色」というテーマで思いを巡らせたときに、この本には色を感じる描写がほとんどないことに気づきました。死刑囚と語り合う拘置所の教誨室や、死刑執行の場が無彩色の世界観だからでしょうか。渡邉が時折、死刑囚たちに差し入れる靴下には、明るい気持ちになれるようにと派手な色を選ぶこともあるものの、その色が何かのアクセントになっているとは感じられません。彩りの極端な少なさが、生きるとは死ぬとはという根源的な問を鮮明にしているようにも思えるほどです。

そんななかで、まさに一瞬、色彩が走馬灯のようにイキイキと流れ出すのは、拘置所から刑場へと移送されるバスの車窓です。すこし本文を引きます。「格子越しに窓の外を見つめる山本(注:死刑囚)にも、言葉はなかった。車窓には、死刑囚に対しても、いささかの分けへだてなく穏やかな日常生活が広がっている。身体からはみだしそうな大きな赤いランドセルを背負った子どもたち、その傍らで花壇に水をやる主婦の姿、信号が変わる度、目の前をどっと横切るサラリーマンの一群。山本は、今生最後の風景をじっと目に焼き付けているようだった」。

娑婆の世界の色味をどれほど愛おしく感じただろうと思う場面です。重い内容の本ですが、いつか読んでみてください。

 

2 安房直子 著

『きつねの窓』『夕日の国』〜安房直子コレクションより〜

(2004)偕成社

安房直子さんは、50歳という若さでこの世を去った童話作家。幻想的で短いお話が多く、そのなかには色や香りが大切なモチーフとしてよく出てきます。

『きつねの窓』はある日、桔梗の花畑に迷い込んだ少年のお話で、彼はそこで出会ったきつねに、桔梗の花の汁で両手の親指と人差し指を青く染めてもらいます。その青く染まった4本の指をつかって菱形に窓をつくってのぞくと、会えないはずの人や光景が見えるのです。亡くなった妹や焼けてしまった家の様子に、指の窓さえ通せばまた会える。そんな喜びもつかのま、うっかりいつもの習慣で手を洗ってしまう・・。

コロナ禍のいま、うっかりではなく、すっかり手洗いが身についた私たち。でも、もしも桔梗の汁で染めた指があったなら、洗い流したとしても、温かな感触や記憶はそっと残るといいなあと思います。

『夕日の国』は、なわとびの紐にオレンジ色の液体をたらしてから飛ぶと、オレンジ色の風景が見えてきて、夕日の国へ行けるというお話です。安房直子さんのお話はあの世とこの世の境を行き来する時空旅行のようでもあり、どこか寂しさも漂うのですが、摩訶不思議な世界を素直に受け止めて、心にさーっと風を通してみたいような時には、さまざまな色がそっとその世界へ連れて行ってくれます。

もう一つ。私が一番好きなお話は『ハンカチの上の花畑』。ここでは小人にあげる小さなビーズの金色と、ハンカチの隅にある小さな刺繍のブルーが、ふたつの世界をつなぐ色として登場します。

ちなみに安房作品の紹介は「読んでミール」で2回目となりました(笑)。どうしても幼い時から好きな作家作品から離れられない私です。今回は、色のやさしさだけでなく、輝きや透明感が、安房作品の魅力を引き立てているような作品を挙げてみました。

 

3 山根京子著

『わさびの日本史』(2020)文一総合出版

☆第12回辻静雄食文化賞受賞

わさびが日本固有種で、日本に栽培起源があることを明らかにした研究者であり、自称「わさび応援隊長」の山根京子さん(岐阜大学准教授)による、まさにわさびづくしの一冊。栽培植物起源学という学問の道を行く山根先生は、「わさび」をテーマに、これまでに中国の奥地や日本全国300か所以上に現地調査されています。ちなみに栽培植物起源学とは山根先生の場合、現地調査、詳細なDNA分析、さらに文献や資料の研究によって、植物が野生植物から栽培植物になった場や時代、どんな民族によってなしえたかということを明らかにするのが目的。

さて、どこをとっても興味深い本書ですが、深いところは新聞各紙の書評を参考にしていただくとして、今回は「色」に注目してみましょう。わさびをイメージする色がキーカラーとなり、カバーや見返し、目次ページを彩っているのが印象的で、この色合いがわさびの世界へと入っていく扉です。そして中身に入っていくと、植物好きで歴史好き?の人にはワクワクしてくる章立てで、謎解きのような展開。巻末の歴史年表も面白く、読者も知らぬ間に、わさび愛に満ちていくという次第。わさびの魅力は香りやツンとした刺激を伴う味わい、そして清々しい色もその一つ。キーカラーが本書の濃い中身を引き立てるというのは、まさにわさびの本分ではないでしょうか!

ところで、デザイナーや印刷業の仕事に欠かせないアイテムとして、色見本というものがあります。DIC(旧社名・大日本インキ化学)の色見本「日本の伝統色」を見てみると、「山葵色(わさびいろ)DIC-N849」がちゃんとありました!私の手元にある古い色見本にはこんなコメントが添えられています。「山葵は清流にしか育たない。その根を食用に供するが、この色名が実際の色よりも青味にイメージされるのは、その育つ清らかな環境のせいか、またはその味の爽やかな辛みのせいかもしれない」。

なるほど!たしかに色見本の山葵色は青っぽいのです・・・。ちなみに『わさびの日本史』のカバー等に使われているわさび色は、この色見本で探すと「豌豆緑(えんどうみどり)DIC-N836」に近い・・・、でも、わさびを連想するのには絶妙な色味なんですよ(笑)。

(スタッフN & C)

写真はDICの色見本「日本の伝統色」。見本も本と考えると、面白い発見の宝庫です!

 

皆さま、こんにちは。ブログの更新の「間」があいてしまいました。コロナ禍からなかなか抜け出せない日々ですが、会えない時間も「愛」を育てられますように!!

さて、今日はミール風ブックトーク「読んでミール?」の記念すべき第10回をお届けします。「春・夏・秋・冬」をテーマにしたブックトークを終え、次なるテーマをどうしよう?どうする?と考えまして、「音・色・香・味・触れる」に決めました。そう五感がテーマです!

今回は「音」をテーマに、ブックトーカーふたりのこころの本棚から3冊ずつ、ご紹介します。

第10回「読んでミール?」の始まり、はじまり。

 

Book Talker Naomi***

 

①恩田 陸  著
『蜜蜂と遠雷』(2016)幻冬舎

「音」というテーマを考えた時に1番初めに思い浮かんだのがこの作品でした。
この本を読んだ時、確かにピアノの音が聞こえたような気がしました。
何故だろうと検証してみますと、ピアノを弾くシーンの時、そのイメージを想像しやすい情景を文章で表現しているような気がしました。
確かに映画やドラマで使われた曲は、その曲を聞くだけで、その映像が浮かんできます。…ということは映像が鮮明に浮かぶと、曲が聞こえる(ような気がする)のかもしれません。言葉と音、そして映像。不思議なつながりですね。

この作品は有名ピアノコンクールに出場した4人の男女のお話です。
第1、第2、第3審査と進むと、最後の本選はオーケストラとの共演になります。
各審査は、それぞれに指定された中から自分で選んだ曲で構成していきますが、第2審査ではこのコンクールの為に作られた課題曲「春と修羅」があり、その後半に自分の自由な発想で弾く部分があって、作曲の力も試されます。
出場者が少しずつ落とされ、ピアノ演奏の精査がなされていく中で、各自の色々な思いが交差して、一緒にハラハラドキドキしながらラストまで一気に読んでしまいます。

なおこの作品は2019年に映画化され、その中では(想像では無い)本物の凄いピアノが聞けます。特に課題曲「春と修羅」は同じ曲とは思えないほどの各自のオリジナリティが出ています。(それぞれの役に合った有名ピアニストが影武者です)
またスピンオフ的作品「祝祭と予感」は2019年に出版され、知りたかった過去の話やその後のエピソードが明らかにされますので、合わせて読むと更に一層楽しめると思います。
(参考)「祝祭と予感」(2019)幻冬舎

 

② 宮下 奈都  著
『羊と鋼の森』(2015)文藝春秋

これは高校生の時に偶然見たピアノの調律に魅せられて、何のバックグラウンドも無いまま調律師を目指した少年の成長物語です。

ピアノというのは、森から切り出された木の枠の中で羊の毛で作られたハンマーが鋼の弦を叩いて音が出ます。それを調律師が色々な技を使って音階に作りあげます。
その基準音となる「ラ」の音は時代と共に変化して、モーツァルトの頃は422ヘルツだったのが戦前には435ヘルツ、そして今は440ヘルツが世界共通になりました。(因みに440ヘルツは赤ん坊の産声の高さです)
時代と共に少しずつ高くなるのは明るい音を必要として、求めるようになったからでしょうか。
そして調律師は弾く人の好みによって、音を高く響かせる事も、軽やかにする事も、重厚な音にする事も出来、ピアノコンクールでは必ず調律師が側にいて、ひとりひとりに合わせ、その都度調整している事は『蜜蜂と遠雷』でも出てきました。
ただ人の感性は色々で求める音を知るのは至難の業。迷う少年に、彼が調律師を目指すきっかけとなった師は「自分の理想とする音は小説家の原民喜(はらたみき)の文章の中にある」と語ってくれました。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」
理想の音を求めまだまだ修行が続く少年を心から応援したいと思います。

 

③ 町田 そのこ  著
『52ヘルツのクジラたち』(2020)
中央公論新社

クジラは10〜39ヘルツで鳴くが、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴くという世界で一頭だけのクジラが確認されています。たくさんの仲間がいるはずなのに、何も届かない。何も届けられない。そのため世界で一番孤独だと言われているクジラです。

聞き取れない52ヘルツの声を上げていた自分の声を聞き、救い出してくれた人…その大切な人の声に気付く事が出来ずに死なせてしまった事実に傷ついていた女性は、自分と同じように52ヘルツの声を上げている少年を助けようと動き始める。
この作品の中には虐待や育児放棄、そしてジェンダーやモラハラなど数々の問題が含まれています。
主人公は自分の辛い経験から少年の52ヘルツの声を聞くことが出来たのですが、このお話の中にはそういう経験が無くても一生懸命聞こうとし助けようと努力をする沢山の人達も描かれています。
52ヘルツの声は容易には聞こえないかもしれませんが…常に聞こうと努力する人でありたいと思います。
本作は「2021年本屋大賞」受賞作です。

 

Book Talker  Chie***

 

1 小泉文夫 著

『小泉文夫フィールドワーク 人はなぜ歌をうたうか』(1984)

「音」というテーマで思いを巡らせたときに思いついたのがこの本です。今から40年近く前の高校から大学生にかけての頃に小泉文夫さんという民族音楽研究者の存在を知りました。クラシックやジャズ、ロック、演歌といったジャンルの普段よく耳にする音楽からは離れて、もっと民族的といいますか土着的な音楽があるのだと先生の本をきっかけに気づいたわけです。それは音楽というよりも、音とかリズムといった原始的で根源的なものへの興味をゆっくりと掘り起こす旅をするかのような面白さで・・・印象深いのは、たとえばエスキモーの人たちのなかでもカリブーではなくクジラを食べる地域のエスキモーたちはリズム感が良いというエピソード。カリブーは一人でも狩りができるけれども、クジラは巨大で一人ではとても獲ることができず、しかもクジラを獲るチャンスは年に二回しかないという。つまりチームワークを整えなければ、村全体の半年分の食料や生活物資をまかなえないのです。そこで大勢で声を合わせ、リズムを合わせる練習をした。それが歌や太鼓だったという話です。これは生きるために拍子を揃えるという例の一つですが、ご存じのように太鼓の音は、伝達という意味からも生きていくのに重要な要素です。

小泉先生の興味の広がりはとめどなく、世界を駆け巡られました。現地へ行き、現地の人の歌や音を集め(録音して)、歴史を探り、「なぜ?」と考察する。その果てしないフィールドワークを文章に書き起こしてくださった労力は、56歳という若さで亡くなった先生の、まさに命を削っての作業だったのではとも思うのですが、きっと小泉先生ご自身は、この驚きや感動を独り占めしてはならぬと突き動かされてお書きになったのではと思います。世界や人類は多様であるということを「音」を通じて実感されたことが原動力であったのではないでしょうか。

昔、兼高かおるさんという女性が世界を飛び回る旅のテレビ番組がありました。インターネットもない時代に、ありとあらゆる世界の風景や人々、暮らしの音も届けてくれました。小泉先生の本も世界の多様を届ける貴重な記録であり道標であり続けると思います。

小泉文夫先生の著作としては『音のなかの文化』『呼吸する民族音楽』(ともに1983、青土社)もおすすめします!

 

2 村上春樹 著

『遠い太鼓』(1990)講談社

村上ファンのなかには、長編好き、短編好き、エッセイ好き、全部好きといろいろなタイプがいらっしゃると思います。私の場合はたぶん全部好きに入ると思いますが(笑)、「音」というテーマに照らし合わせたときに思い浮かんだのがこのタイトル名を持つエッセイ集です。『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』を執筆した頃、彼は日本では暮らしていませんでした。イタリアやギリシアなどヨーロッパにいたのです。その頃に綴った旅行記であり滞在記は、海外旅行に行けない今、異国の空気を感じるのにも良い本です。

今あらためて読み返すと、村上さんが日本を離れて執筆をしようと思った40歳の頃、精神的にクリアになれるところに身を置きたかったのではと感じます。頭のなかに蜂を飼っているらしく(それはおそらく耳鳴りのことと思います)、蜂のぶんぶん音も含め、さまざまな雑音にさいなまれる日々から解放されたかったのではと。村上さんのような人気作家でなくとも、いつもの音、絶え間なく続く音から逃れたい時はあります。音とは風景であり、環境であり、内的な思いの重なりから生まれる何かかもしれません。うるさく感じて離れたいと思うけれども常にともにある。そして、ある時、ふっと別の音にもひかれる。

この本はこのように始まります。

ある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきた。その音を聞いているうちに、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。

タイトルの「遠い太鼓」はトルコの古謡からとったものとか。音に誘われて旅に出る。それも人間らしい素朴な行いなのかもしれません。音の原始は、あるいは、音を求める原始は、生きているものがすべて持つ、脈動なのではと、私は勝手に想像しているのですが・・・。

 

3 ウィリアム・ブレイク作 池澤春菜・池澤夏樹 訳

『無垢の歌』(2021)毎日新聞出版

ウィリアム・ブレイク(1757〜1827)は産業革命期のロンドンに生きた詩人で画家、銅版画職人。自らの詩と彩色版画による幻想的な詩集をつくりました。また預言詩『ミルトン』に収められた詩「エルサレム」はイギリスの国家として歌われています。ブレイクの詩はさまざまな分野の作家に影響を与え、日本では柳宗悦、ノーベル賞作家の大江健三郎さんもその一人です。

さて、そのようなブレイクの詩は私には難しいのでは?と長年思っていたのですが、最近手にして感銘を受けたのが池澤春菜・池澤夏樹の訳によるこの本です。親子でもあるふたりがブレイクの詩の訳と解説を分担していて、その言葉がとてもやさしく美しく、調子や音色が素敵なのです。

ブレイクの詩(歌)には音と文字とその両方の美しさがあると、訳者の春菜さんはまえがきで綴っています。「ブレイクの言葉の中にある優しさ、愛おしさ、明るさや清らかさ、善きものに向かう心をこぼさずすくえるように」日本語にしたそうです。

思えば詩(歌)は音から生まれ、文字から生まれています。両者はきっと不可分の存在で、音の聞こえない人、文字の見えない人にも、その両方を届け合うことで、意味や情景、思いとなって膨らみ、詩が伝わるのかもしれないと思います。

池澤親子が訳者となって心をこめて届ける無垢の歌たち。ブレイクの音と文字の両方の良さをこぼさぬように、大切に私たちに渡してくれている気がします。

(スタッフN&C)

 

どこかから音が聞こえてきそう。風や雲の流れ、物語の言葉のなかに・・・。

皆さま、こんにちは。岐阜は青空がつづいて気持ちのよい日です。いかがお過ごしでしょうか。

さて、守富環境工学総合研究所(Meel:ミール)の南壁を含む、全長130メートル、高さ20メートルの岐阜問屋町二丁目協同組合の南壁が「ぎふアートウォール」としてお披露目となる機会、「ぎふアートウォール完成式」が今週3月27日(土)午後1時から開催されますのでお知らせいたします。

当日は関係者の皆さまもご列席される予定で、ご来賓の方々のスピーチ、空と雲のアートウォールの監修をされた古川秀昭先生(岐阜県美術館前館長、現在はOKBギャラリー館長)のコンセプトのお話などを聞くことができます。

そして完成式開催前のひとときを盛り上げるパフォーマンスも楽しみ!

12時20分頃からSJCジャズオーケストラの皆さんによる演奏、さらに、12時45分頃からキッズたちが空と雲のアートウォールを舞台背景に可愛いパフォーマンスを繰り広げてくれる予定です!ぜひパフォーマンス披露のタイミングからお立ち寄りください。

当日はアートウォール前の道路を使用させていただき完成式を行います。道路から見ていただいても、JR岐阜駅からのペデストリアンデッキ(歩行者の通行専用の高架高架歩道)から見ていただくのも楽しいのでは!と思います。

雨天の場合は岐阜問屋町二丁目アーケード内が会場となりますが・・・今日のように綺麗な春の空が広がっていることを願います!!

感染症対策(マスク着用&ソーシャルディスタンス)も忘れずお楽しみください!

 

【 守富所長テレビ出演のお知らせ】

ぎふアートウォール事業に関して新聞各紙、メディアに取材をしていただいておりまして、このたびテレビの放映時間が決まりましたのでお知らせいたします。ミールの守富所長も登場しますのでご覧くださいませ!

◎3月26日(金)午後6時30分〜 NHK「まるっとぎふ」

◎4月2日(金)午後6時〜(15分番組)ぎふチャン「あなたの街から岐阜市」

 

(スタッフC)

 

2021 年 2 月 27 日

読んでミール?vol.9 〜冬〜

皆さま、こんにちは。

今日はミール風ブックトーク「読んでミール?」の第9弾をお届けします。

テーマは「冬」。本当は雪の舞う時期にお届けしたかったのですが、三寒四温の時期になりました。せめて、本格的な春になる前に!とお贈りします。

今回もブックトーカーふたりのこころの本棚から3冊ずつ、ご紹介します。

第9弾「読んでミール?」の始まり、はじまり。

 

Book Talker Naomi***

 

①  角幡唯介 著
「極夜行」(2018)文藝春秋

「極夜」とは「日中でも薄明か太陽が沈んだ状態が続く現象のことをいい、厳密には太陽の光が当たる限界緯度である66.6度を超える南極圏や北極圏で起こる現象(対義語は白夜)」です。

著者である探検家の角幡唯介は「極夜の世界に行けば真の闇を経験し本物の太陽を見られるのではないか」との思いで、氷点下30度台のグリーンランド北西部へのひとり旅に出ます。それは氷河を渡り氷床やツンドラ地帯を進む過酷な旅で、生死を分ける危険が常につきまとう探検です。
でもこの旅には力強い相棒がいました。40㎏近い大きな犬、ウヤミリックです。白熊対策や橇(そり)を引いてもらう力になるだけではなく、何よりも精神的な支えになり、太陽の出ない闇の中にずっといると鬱状態になる「極夜病」から救ってもくれました。
氷河が割れそうになったりブリザードにあったりと色々な危険に遭いましたが、最大のヤマ場は前もって準備していた2か所の食料等のデポ(保管場所)の1つが白熊に荒らされるというアクシデントがあった時でした。それが有ればあと2か月は休養をとりながら太陽が出る瞬間を見る事が出来るはずでした。
そこで彼はとりあえず獲物を捕まえて食料確保をしながら、何とかそこに残る努力をしてみようという選択をします。
食料が少なくなっていく中でどんどん痩せていく相棒のウヤミリック。その姿を見て自分の残り少ない食料を分け与えようかと思い、ウヤミリックが死んだらその肉を食べ自分はあと何日生きながらえる事が出来るかを考える。そんな極限状態の中で待っていたものは……。
やはり作り物ではなく実体験したものは胸に迫ってきます。私は何度も泣いてしまいました。
皆さんもこの本を読む事で究極の冬を体験してみませんか?

 

② 三浦綾子 著
「氷点」(1965)朝日新聞社、角川文庫

これは院長夫人が若い医師との逢い引きの最中に3歳の娘を通り魔に殺され、そんな妻への復讐の為に、その殺人犯の娘を養女にするという襲撃的な始まりをする余りにも有名な小説です。
丁度この本を読んだ思春期の頃、著者の三浦綾子さんと同じ北海道の旭川市に住んでいて、この養女、美しく頭も良く純粋な陽子に憧れを抱いていました。
でも半世紀を経て今の年齢になると、陽子という娘は真っ直ぐ過ぎて生きづらいだろうなと思うようになりました。
「氷点」では、実際にそういうラストを迎えますが、続編の「続氷点」で、本当の殺人犯の娘との関わりの中で成長し、陽子の心に出来た氷点は少しずつ溶けてきたのではないかと思います。
それにしても犯罪者の家族というだけで肩身の狭い思いをするのはいつの時代も同じですね。今は更にコロナに感染しただけでバッシングをうけたりもします。心の氷点が消えるような世の中になってほしいですね。
[参考]「続氷点」(1971)角川文庫

 

③ 小泉八雲 著
「雪女」(1904)偕成社、講談社、恒文社 他

日本人なら誰もが知っているこの物語はギリシャ生まれのイギリス人(後に日本に帰化)パトリック・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が「怪談」にまとめたものです。

この作品は、私が十数年続けている朗読の発表会で2年前に扱ったもので、その時に雪女(及び雪)を私自身が演じて感じたのは、氷の様に冷たいはずの雪女は、実はとても熱い心を持っているということです。
巳之吉を好きになり、雪女の世界のタブーをおかして人間と結婚し子供を10人も作る。しかし巳之吉がうっかり雪女の事を話してしまい人間界に居られなくなった時も巳之吉を殺さず子供達を託して去っていく。
表面上は冷たく怖いイメージですが、実は愛情深く燃える様な熱い心を持っているのではないかと思います。
よく知られたお話も別の角度から読んでみるとまた違う世界が見えるのではないでしょうか?

 

Book Talker  Chie***

 

1 E・ポター著 村岡花子訳

『スウ姉さん』(2014)河出文庫

現代の私たちの暮らしと比べれば、ツッコミどころも満載ながら、自分のこと以上に誰か身近な人のために動き、働き、つねに頼られる主人公のスウ姉さんに、まわりの人物を重ねたり、自身がそうではないかと思ったり。スウ姉さんはどの時代にも、どこの国にも、どんな家族にも居る存在ではないかと、そんなことを思わせてくれる本です。

著者のポターの代表作といえば『少女ポリアンナ』(パレアナとも言われる)で、どんなに大変なことでも「喜びのゲーム」に置き換えて幸せを抱きしめるポジティブシンキングな少女のお話。ポリアンナも村岡花子が昭和初期に訳し日本に紹介したことで知られますが、同じ女性を主人公にしながらも『スウ姉さん』※(昭和7年訳出のタイトルは『姉は闘ふ』)の世界観は、人と人の交差をもっと掘り下げているように感じます。村岡花子はポリアンナ以上にスウ姉さんを紹介したかったのではないかと、世に存在する多くのスウ姉さんたちに光を当てたかったのではないかと思います。

さて、主人公のスウ姉さんはどんな人物なのでしょう。彼女はボストンに住んでいて、時代はおそらく20世紀前半。豊かな暮らしの中にいて、母亡き後、父や妹、弟に頼られっぱなし。恋人も財産家の彼女との結婚を早く早くと急ぐ。でもスウ姉さんには本当は熱望していることがありました。それは才能があるといわれたピアノで多くの人に拍手喝采を浴びるような音楽家になり、家族にとって誇らしいと思えるような存在になること。でも、彼女が羽ばたくことを家族が許しません。家族のことを一番に考えるべき存在や立場としてスウ姉さんを閉じ込めるからです。そのうえ、父の銀行が破綻し一家は財産を失い、父は精神的に幼児になってしまう。妹も弟もそんな父の姿を否定して、介護はすべてスウ姉さんに。しかも、恋人との関係も不鮮明になり、彼女はこれまでしたことのない家事に奮闘し、弟や妹のため一家の稼ぎ手となってピアノを教えるという日々に突入していくのです。

こうしてストーリーをたどってみると案外よくある物語なのかもしれません。でも、家族のためにじゃがいもの皮を剥き続ける、いくら剥いても剥いてもじゃがいもの皮が減らない、といった例えが示すように、普遍的な葛藤が描かれていて、深みがあり、物語の世界に引きつけられます。

苦しむスウ姉さんが何かを乗り越える時に現れるのが、何度も訪れる「冬」という季節のような気がして、この本を挙げました。何度も訪れる冬のあとには何度も春が来て・・・。その息吹が人の気持ちを明るくし思い直し、生き直していく力となるのかもしれません。スウ姉さんは耐えながら弾力を増しながら日々を生きる。そういう物語として大事にしていくのも素敵です!

 

2 M.B.ゴフスタイン著 末盛千枝子訳

『ピアノ調律師』(2012)現代企画室/復刻版

ピアノつながりで、私の最も好きな絵本をご紹介します。絵本といっても文字が多く、大人の読み物として本棚に置いておきたくなる本。

主人公は両親を亡くしておじいちゃんに引き取られた小さな女の子デビー。おじいちゃんの職業であるピアノ調律師の仕事に並々ならぬ興味を持ち、こころの多くをピアノ調律の作業や道具に奪われています。でもおじいちゃんは孫にはピアノ調律師よりもピアニストになってほしいと願っています。

そういうふたりがあるとき、雪道用のオーバーシューズを履いてコートを着込み、有名なピアニストのコンサート前の調律に向かいます。調律を始めてしばらくすると、おじいちゃんが孫にちょっとお使いを頼みます。そこから始まるお話がとても素敵です。まわりの大人は巻き込まれながらも、大人ならではのやさしさもそっと発揮していきます。この本を手にすると、ココアやシチュウなど湯気のあがるものを思い浮かべるのは物語の季節が冬だから?だけど、心身がほっと温まるだけではない、どこか、大切なものを大切にしつづけることの大切さを訴えるという、強さや厳かさを私は感じるのです。内なる熱と外の冷たさ。冬という季節がこの対比を描き出し、届けたいメッセージを支えているのではないかと想像しています。

 

 

3 M.B.ゴフスタイン著 谷川俊太郎訳

『ふたりの雪だるま』(1992)すえもりブックス

ゴフスタインが好きになり、彼女の作品はいくつか私にとって大切な本になりましたが、そのなかのもう一冊を冬にちなんでご紹介します。

この雪だるまの絵本は、絵が中心。言葉はとても少ないのですが、描かれた絵の中からたくさんのこころの動きが伝わってくるようです。ストーリーも素敵ですが、絵のタッチも素朴で暖かく、雪が降ったり積もったりする様子が目に見えるよう。

主人公はお姉ちゃんと弟。ふたりにとって初めての大雪が降った朝、ふたりで庭に出て雪だるまを2つ作ります。作ったのですが、どうやら、お姉ちゃんにとっては作った瞬間から雪だるまは作り物ではなくて、自分たちと同じ生きているもののように感じたのではないでしょうか。

やがて夕暮れ。家族で食事を囲んでいると、ふとお姉ちゃんは思うのです。雪だるま、どうしているかなあと。そういう誰もが経験したような気持ちの揺れや動きを、父や母が受け止めて小さな物語がつづきます。幼い弟くんの喜びもいい味わい。こんな愛しい日々に、子も親も、雪だるまも幸せを感じていてほしいと思います。

 

写真は近所の梅林公園で散歩した時のもの。やがて小さな春が見えてくるはず・・・

(スタッフN&C)

 

皆さま、おはようございます。昨日から寒さが戻り、空は晴れやかながらも風が冷たい!岐阜です。いかがお過ごしでしょうか。

さて、昨夏より守富環境工学総合研究所(Meel:ミール)の南壁、西壁でアートウォールを展開していることを中心に、ブログでお伝えしていますが、昨年末よりミールの南壁を含む、岐阜問屋町二丁目商店街の南壁(通称:レトロ壁)の全長130メートルにおよぶ巨壁をアートウォールにという岐阜問屋町二丁目協同組合の事業がスタートしました。足場を組み、長年の風雨で劣化した場所の補修をして下地を施し、現在は岐阜県美術館前館長の古川秀昭先生のアート監修と工事事業者の熱意あるお仕事により巨壁へのペインティングが進んでいます。足場は今月中にとれる予定で、全容がお目見えするも間近になりました。

そんな日々、ミールの守富寛所長もメディアの皆さんから取材を受けております!内容はぜひ新聞記事をご一読くださいませ。朝日新聞(2月4日)と岐阜新聞(2月21日)の記事については、すでにミール公式ツイッターにて共有させていただいております。

ミール公式ツイッターhttps://twitter.com/OfficialMeel/

また近日中にテレビでも放送される予定ですので、日時がわかりましたらこのブログでもお伝えいたします。

ミールの壁でのチャレンジがこのような町づくりにもつながっていき、うれしく思っています。岐阜問屋町で仕事をする一員としても、これからの展開をずっと応援していきたいと思います。

またミールの関連リンクに「岐阜問屋町二丁目協同組合」ウェブサイトをアップいたしました。岐阜問屋町+レトロ壁の検索ワードでもご覧いただけます。(レトロ壁は守富所長のネーミングです!)あわせてどうぞよろしくお願いいたします。

 

◎ミールの南壁、西壁の取り組みについてのブログはこちら

https://moritomimeel.jp/守富所長と/

https://moritomimeel.jp/ミール南壁アートウォール/

 

◎岐阜問屋町二丁目協同組合ホームページ

https://moritomimeel.jp/tonyamachi2/

 

 

写真は取材時。左が朝日新聞、右が読売新聞の記者さんの撮影の様子です!

 

 

(スタッフC)

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