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皆さま、こんにちは。

5か月ぶりのミール風ブックトーク「読んでミール?」をお届けします。今回は五感につながる「一文字」テーマシリーズの最終回!「音」「色」「味」「香」に続き「触れる」がテーマです。読書の秋、いつもとは違う視点で本を選んでみるきっかけになったら、うれしく思います。今回も、ブックトーカーふたりのこころの本棚から3冊ずつ、ご紹介します。

第14回「読んでミール?」の始まり、はじまり。

 

Book Talker Naomi***

1   宮尾登美子 著
『蔵』(1993)毎日新聞社・中公文庫・角川文庫

「触れる」を考えた時、1番初めに思い浮かんだのが「蔵」の女性主人公、烈の事でした。
烈は網膜色素変性症で視力を失い、耳から聞こえる音と手で触る感覚だけで色々な事を判断していくようになります。
蔵人の涼太を意識したのも、心に響く彼の酒造り唄の声と烈を安全な所へ導く時に握った彼の優しい手の温もりです。
烈には、涼太の優しさ誠実さが触れるだけで伝わってきたのだと思います。
将来視力が失われる事を小さい頃から知らされているというのはとても辛い事だと思いますが…迷い悩みながらも覚悟を決めていくその過程が、烈を強い女性に育てたのかもしれません。
一途な烈の生き方には勇気をもらえると思います。

 

 

2  窪 美澄 著
『夜に星を放つ』から
「真珠星スピカ」(2022)文藝春秋

この作品は先日の167回直木賞を受賞した「夜に星を放つ」の短編の中のひとつで交通事故で亡くなった母親の幽霊と暮らす娘の話です。
この母親の幽霊にはいくつかの約束事があります。幽霊となった身体は透けていて触れられません。夜も昼も出てこられますが、太陽の光を浴びると一層薄く透けて見えます。声が出せないので全て身振りで表現します。そして何故かその姿は、娘であるみちるにしか見えません。
慣れない料理をする娘を心配そうに見守ったり、お父さんの寝癖を指差して笑ったり…幽霊にしてはとても愛すべきキャラなのは元々のお母さんの性格なのでしょう。
始めは中学校のクラスでいじめられているみちるの妄想かと思いましたが、みちるがイジメの主犯格の子との「コックリさん(注1)」を強制された時、助けに入ったと思われる母親の示した文字に母としての精一杯の思いが伝わってきて涙が滲みました。
最後に眠れないみちるの頭を母親が撫でた時「手の感触は無い。けれど、母さんの手の温もりをかすかに感じた気がした。」の一文にやはり幽霊の母はいるのだと確信しました。

(注1)  西洋の「テーブル・ターニング(Table-turning)に起源を持つ占いの一種、日本では通常、狐の霊を呼び出す行為(降霊術)と信じられており、そのため「狐狗狸さん」の字が当てられることがある。

 

 

3  保坂 和志 作
小沢 さかえ 画
『チャーちゃん』(2015)福音館書店

これは芥川賞作家である保坂和志さんが初めて作った絵本です。保坂さんは書いた小説の中には必ず猫が出てくるくらいの愛猫家で、自分の最近亡くなった猫を語り手に死後の世界を描いています。
猫を知り尽くしている作者の紡ぐ言葉は本当に猫が話している様です。
色彩豊かな優しいタッチの絵の中で自由奔放に走り踊る猫の姿には思わず笑顔になります。
実は私も大の猫好きで自宅には現在3匹の猫がいます。以前初めて飼った猫を亡くした時は本当に辛くて悲しくて色々な後悔もしたのですが、この本を読んだ時、姿も見えず声も聞けず触る事さえ出来なくても…こんなに楽しそうにしているのなら嬉しいなと思いました。
そして楽しそうなのは猫だけではありません。犬も亀も蛇も踊り、鳥は歌い、魚は泳いで跳ねています。
色々な生き物を愛する全ての皆様に是非読んでほしいと思いました。
そして最近最愛のペットを亡くしたあなたにも…。

 

 

 

Book Talker  Chie***

1 宇山 佳祐 著

『今夜、ロマンス劇場で』(2017)集英社文庫

「触れる」とは何か?と考えを巡らせてみますと、ボディタッチもあれば心の触れ合いもあると気付きます。心の満足やときめきはどちらにも感じることですが、どちらの「触れる」も叶ったとき、やはり人はもっとも安堵するのではないでしょうか。

そんなことを思わずにはいられないのがこの作品で、主人公は映画監督を夢見る青年と銀幕から抜け出してきたモノクロームの世界のお姫様。何しろこのお姫様がやんちゃなのです。そして見事に可愛い。

お察しのとおり、異世界に生きてきた二人が恋をしたら、「触れる・触れない」の問題が出てきます。その境目の切なさに揺れ動きながら生きていく二人の恋物語は、元々は映画「今夜、ロマンス劇場で」で表現されていたもので、本作は映画のノベライズ本です。

ちなみに映画の主演は、綾瀬はるかさんと坂口健太郎さん。はるかさんはさながら「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンのような美しさ。坂口さん演じる青年が老年になり回想しながらストーリーが進むという展開ですが、老年の役を演じたのが加藤剛さんで、この出演作が遺作となりました。映画も小説もピュアな喜びを思い出す秀作です。ぜひどちらも楽しんみてください。

 

2 石黒由紀子著

『猫は、うれしかったことしか覚えていない』(2017)幻冬舎

猫好きは世の中に山ほどいて、猫好きが読むといい本の広がりも海ほどある。そんな言葉は今思いついたいい加減なことですが、本当に猫が出てくる本(略して猫本)は多いですね。

Nさんに続き、私からも「猫本」をおすすめします。この作品は、猫と暮らしている人はもちろん、猫ともう一度暮らしたい、かつての猫との暮らしを当の猫はどう思っていたのか聞きたい・・・そんなことを思う(私みたいな)人もぜひ読んでみてください。今はもう触れることができなくても、かつて触れていた(触れまくっていた)子を思うとき、このやさしくて楽しい本を読むと心がぽわーんとやわらぎます。

愛猫をなくして今はつらいばかりの人も、時間を重ねるときっと心がやわらぐ日がきます。この本のタイトルだけでも救いですよね。短いエッセイ風の文章ですので、どこから読んでも楽しめます。ミロコマチコさんの絵もとっても味があり、そうそう、ウフフと笑ってしまいますよ。

 

3 トーベ・ヤンソン+ラルス・ヤンソン著

ムーミンコミックス第1巻『黄金のしっぽ』ほか全14巻(2000)筑摩書房

ムーミン好きの人は、まずはムーミンたちのビジュアル的な愛らしさにはまりながら、じわじわとムーミンたちの暮らしや考えや好き嫌いにも触れて、新たな発見をする人が多いのではないでしょうか。じつは、私もムーミン好き。ムーミンたちの可愛い絵柄を用いたグッズやラインのスタンプなどムーミンものは数々あり、どれも欲しくなってしまうのですが、ある時から、どうしてこんなにバリエーションがあるのか、なぜこんなにも登場人物が多いんだろうと不思議に思っていました。

そんな私が巡り合ったのが数年前に名古屋市博物館で開催された「ムーミン・コミックス展」です。会場に並ぶ原画の数々に驚き、合点がいきました。そうか、そうなんだ!ムーミンは漫画としてもこんなにも豊かに展開していたんだ、と。沸くようにでてくるムーミンたちの表情、しぐさ、言葉。ストーリーも奇想天外だったり、風刺がきいていたり、ミィならともかくムーミンママまでもが意外とストレートな物言いだったりとなんだか大変です。

というわけで、ムーミン好きなら「触れる」といいものとして、ムーミンコミックスをおすすめします。これを読んだり眺めたりしていますと、数多あるムーミングッズの絵柄の「在処(ありか)」に触れることもできますよ。今から20年以上前、筑摩書房から配本されたシリーズを、私も古本で一冊ずつ集めています。

(スタッフN & C)

 

 

写真はフィンランドの切手付き封筒。ムーミンの読書がテーマです(笑)

皆さま、こんにちは。毎日暑さが続きますね。守富環境工学総合研究所(Meel:ミール)のある岐阜市内も連日猛暑です。

さて、本日は新着情報でもご報告しましたとおり、所長の守富寛が月刊「MATERIAL STAGE」に寄稿し、2022年7月号にて掲載されましたのでご報告いたします。

執筆テーマは「CFRPからの炭素繊維リサイクルの課題と展望」。

「CFRPリサイクルフロー」、「CF需要と廃材量」をはじめ、「リサイクル技術の現状」を川上(CFRP廃材の収集から、分別、切断、CF回収まで)、川中(回収CF調整から中間基材まで)、川下(成形から製品まで)に分けて論じていますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。

なお今回は、「自動車部材に向けた『CFRP』、『CFRTP』の材料、成形加工技術と活用例」という特集内での掲載です。同じ特集では、守富寛のほかに、5名の方々が寄稿されています。

月刊マテリアルステージは2002年創刊の専門誌(発行:技術情報協会)で、すでに20年の歴史を有する月刊誌です。年間購読のみの販売とのことですが、バックナンバーの単号販売もあるとのこと。

技術情報協会の公式ウェブサイトには年間の特集予定をはじめ、バックナンバー(2017年4月号以降)の詳細目次を公開していますので、ご関心のある方は、ぜひご参考になさってください。

 

(スタッフC)

2022 年 4 月 22 日

ミール新事務所のご案内

皆さま、こんにちは。岐阜の山々は新しい緑に満ちてきました。

さて本日は2月に引っ越ししました新事務所のご案内をいたします。以前の事務所の向かい側、徒歩「20秒」くらいの近さではあるのですが、入り口がわかりづらくお客様にご迷惑をおかけしております。

◎ミールへ初めてお越しくださるお客さまへ

JR岐阜駅よりお越しの方は・・・

(1)ペデストリアンデッキにて岐阜スカイウイング37ビル方面に歩き、突き当たり手前の階段を降りていただきますと、正面に「空と雲のアートウォール」(レトロ壁)が見えます。

この壁から北側一帯が「問屋町」といわれるエリアになりまして、ミールは問屋町2丁目内のレトロなビルが並ぶ一角にあります。

(2)青空の巨壁を分断する黄色の通路(さまざまな絵が描かれています)を通り抜けてください。この黄色の通路右手が以前のミールでした。

旧住所のままで申し訳ありませんが、全体のアクセス図もご参照くださいませ。

 

◎ミールへ初めてお越しくださるお客様と、旧ミールをご存知のお客様へ

つたない写真ですが、順を追ってご案内させていただきます。

 

旧ミールの斜め前のビルが、ミールの新事務所があるビルになります(ミールは3階・4階)。

1階・2階には海鮮のお食事どころ「一貫」さんが入っています。

ブルーの看板(行燈)が目印です。

その下、壁面に入り口ドアがあります。

 

上側のチャイムで、ピンポンをお願いします。

直接4階へお越しください。

 

途中、中二階にあたるところにドアがありますが、こちらはお食事屋さんの個室入り口にあたります。

さらに、二階にあたるところにレトロなドアがありますが、こちらは岐阜問屋町2丁目協同組合の事務所になります。

さらに上がっていただきますと・・・

ミールの文字が見えてきます。

 

ミールへようこそ!

ミールは3階(実験室)4階(事務所)となります。

4階まで足をお運びください。その間、所長自ら配置しましたおもてなしの数々が続きますのでお楽しみくださいませ(笑)

だまし絵のマットがお出迎え。こちらが4階の事務所入口となります。

見上げていただくと・・・

「愛」があるはずです。

 

なお、全体のアクセス図もご参照ください。旧ミールの住所が入っております。申し訳ありません。(近日中に修正いたします)

(スタッフC)

皆さま、こんにちは。いよいよ4月に入りました。新しい職場や環境でフレッシュな気持ちを味わっている方も多いことでしょう。岐阜は桜が満開!スタートの季節にふさわしい雰囲気に包まれています。

さて、おかげさまでミールも今年4月18日、設立5年目に入ります。事務所移転はすでにお知らせいたしましたが、ホームページも少しずつリニューアルしているところです。

現在、「業務内容」などの項目で、ぜひご覧いただきたい資料などを整理しておりまして、随時ミールのウェブサイトにアップしておりますので、ご興味のあるかたはぜひお目通しください。

今日は、所長の守富寛が岐阜大学在職時(2018.2.27)に行った「最終講義」の資料を動画にまとめたものをブログでご紹介させていただきます。講義のタイトルは「環境、エネルギー、そして人」です。

どうぞよろしくお願いいたします。

(スタッフC)

 

 

皆さま、こんにちは。ブログの更新の「間」があいてしまいました。コロナ禍からなかなか抜け出せない日々ですが、会えない時間も「愛」を育てられますように!!

さて、今日はミール風ブックトーク「読んでミール?」の記念すべき第10回をお届けします。「春・夏・秋・冬」をテーマにしたブックトークを終え、次なるテーマをどうしよう?どうする?と考えまして、「音・色・香・味・触れる」に決めました。そう五感がテーマです!

今回は「音」をテーマに、ブックトーカーふたりのこころの本棚から3冊ずつ、ご紹介します。

第10回「読んでミール?」の始まり、はじまり。

 

Book Talker Naomi***

 

①恩田 陸  著
『蜜蜂と遠雷』(2016)幻冬舎

「音」というテーマを考えた時に1番初めに思い浮かんだのがこの作品でした。
この本を読んだ時、確かにピアノの音が聞こえたような気がしました。
何故だろうと検証してみますと、ピアノを弾くシーンの時、そのイメージを想像しやすい情景を文章で表現しているような気がしました。
確かに映画やドラマで使われた曲は、その曲を聞くだけで、その映像が浮かんできます。…ということは映像が鮮明に浮かぶと、曲が聞こえる(ような気がする)のかもしれません。言葉と音、そして映像。不思議なつながりですね。

この作品は有名ピアノコンクールに出場した4人の男女のお話です。
第1、第2、第3審査と進むと、最後の本選はオーケストラとの共演になります。
各審査は、それぞれに指定された中から自分で選んだ曲で構成していきますが、第2審査ではこのコンクールの為に作られた課題曲「春と修羅」があり、その後半に自分の自由な発想で弾く部分があって、作曲の力も試されます。
出場者が少しずつ落とされ、ピアノ演奏の精査がなされていく中で、各自の色々な思いが交差して、一緒にハラハラドキドキしながらラストまで一気に読んでしまいます。

なおこの作品は2019年に映画化され、その中では(想像では無い)本物の凄いピアノが聞けます。特に課題曲「春と修羅」は同じ曲とは思えないほどの各自のオリジナリティが出ています。(それぞれの役に合った有名ピアニストが影武者です)
またスピンオフ的作品「祝祭と予感」は2019年に出版され、知りたかった過去の話やその後のエピソードが明らかにされますので、合わせて読むと更に一層楽しめると思います。
(参考)「祝祭と予感」(2019)幻冬舎

 

② 宮下 奈都  著
『羊と鋼の森』(2015)文藝春秋

これは高校生の時に偶然見たピアノの調律に魅せられて、何のバックグラウンドも無いまま調律師を目指した少年の成長物語です。

ピアノというのは、森から切り出された木の枠の中で羊の毛で作られたハンマーが鋼の弦を叩いて音が出ます。それを調律師が色々な技を使って音階に作りあげます。
その基準音となる「ラ」の音は時代と共に変化して、モーツァルトの頃は422ヘルツだったのが戦前には435ヘルツ、そして今は440ヘルツが世界共通になりました。(因みに440ヘルツは赤ん坊の産声の高さです)
時代と共に少しずつ高くなるのは明るい音を必要として、求めるようになったからでしょうか。
そして調律師は弾く人の好みによって、音を高く響かせる事も、軽やかにする事も、重厚な音にする事も出来、ピアノコンクールでは必ず調律師が側にいて、ひとりひとりに合わせ、その都度調整している事は『蜜蜂と遠雷』でも出てきました。
ただ人の感性は色々で求める音を知るのは至難の業。迷う少年に、彼が調律師を目指すきっかけとなった師は「自分の理想とする音は小説家の原民喜(はらたみき)の文章の中にある」と語ってくれました。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」
理想の音を求めまだまだ修行が続く少年を心から応援したいと思います。

 

③ 町田 そのこ  著
『52ヘルツのクジラたち』(2020)
中央公論新社

クジラは10〜39ヘルツで鳴くが、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴くという世界で一頭だけのクジラが確認されています。たくさんの仲間がいるはずなのに、何も届かない。何も届けられない。そのため世界で一番孤独だと言われているクジラです。

聞き取れない52ヘルツの声を上げていた自分の声を聞き、救い出してくれた人…その大切な人の声に気付く事が出来ずに死なせてしまった事実に傷ついていた女性は、自分と同じように52ヘルツの声を上げている少年を助けようと動き始める。
この作品の中には虐待や育児放棄、そしてジェンダーやモラハラなど数々の問題が含まれています。
主人公は自分の辛い経験から少年の52ヘルツの声を聞くことが出来たのですが、このお話の中にはそういう経験が無くても一生懸命聞こうとし助けようと努力をする沢山の人達も描かれています。
52ヘルツの声は容易には聞こえないかもしれませんが…常に聞こうと努力する人でありたいと思います。
本作は「2021年本屋大賞」受賞作です。

 

Book Talker  Chie***

 

1 小泉文夫 著

『小泉文夫フィールドワーク 人はなぜ歌をうたうか』(1984)

「音」というテーマで思いを巡らせたときに思いついたのがこの本です。今から40年近く前の高校から大学生にかけての頃に小泉文夫さんという民族音楽研究者の存在を知りました。クラシックやジャズ、ロック、演歌といったジャンルの普段よく耳にする音楽からは離れて、もっと民族的といいますか土着的な音楽があるのだと先生の本をきっかけに気づいたわけです。それは音楽というよりも、音とかリズムといった原始的で根源的なものへの興味をゆっくりと掘り起こす旅をするかのような面白さで・・・印象深いのは、たとえばエスキモーの人たちのなかでもカリブーではなくクジラを食べる地域のエスキモーたちはリズム感が良いというエピソード。カリブーは一人でも狩りができるけれども、クジラは巨大で一人ではとても獲ることができず、しかもクジラを獲るチャンスは年に二回しかないという。つまりチームワークを整えなければ、村全体の半年分の食料や生活物資をまかなえないのです。そこで大勢で声を合わせ、リズムを合わせる練習をした。それが歌や太鼓だったという話です。これは生きるために拍子を揃えるという例の一つですが、ご存じのように太鼓の音は、伝達という意味からも生きていくのに重要な要素です。

小泉先生の興味の広がりはとめどなく、世界を駆け巡られました。現地へ行き、現地の人の歌や音を集め(録音して)、歴史を探り、「なぜ?」と考察する。その果てしないフィールドワークを文章に書き起こしてくださった労力は、56歳という若さで亡くなった先生の、まさに命を削っての作業だったのではとも思うのですが、きっと小泉先生ご自身は、この驚きや感動を独り占めしてはならぬと突き動かされてお書きになったのではと思います。世界や人類は多様であるということを「音」を通じて実感されたことが原動力であったのではないでしょうか。

昔、兼高かおるさんという女性が世界を飛び回る旅のテレビ番組がありました。インターネットもない時代に、ありとあらゆる世界の風景や人々、暮らしの音も届けてくれました。小泉先生の本も世界の多様を届ける貴重な記録であり道標であり続けると思います。

小泉文夫先生の著作としては『音のなかの文化』『呼吸する民族音楽』(ともに1983、青土社)もおすすめします!

 

2 村上春樹 著

『遠い太鼓』(1990)講談社

村上ファンのなかには、長編好き、短編好き、エッセイ好き、全部好きといろいろなタイプがいらっしゃると思います。私の場合はたぶん全部好きに入ると思いますが(笑)、「音」というテーマに照らし合わせたときに思い浮かんだのがこのタイトル名を持つエッセイ集です。『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』を執筆した頃、彼は日本では暮らしていませんでした。イタリアやギリシアなどヨーロッパにいたのです。その頃に綴った旅行記であり滞在記は、海外旅行に行けない今、異国の空気を感じるのにも良い本です。

今あらためて読み返すと、村上さんが日本を離れて執筆をしようと思った40歳の頃、精神的にクリアになれるところに身を置きたかったのではと感じます。頭のなかに蜂を飼っているらしく(それはおそらく耳鳴りのことと思います)、蜂のぶんぶん音も含め、さまざまな雑音にさいなまれる日々から解放されたかったのではと。村上さんのような人気作家でなくとも、いつもの音、絶え間なく続く音から逃れたい時はあります。音とは風景であり、環境であり、内的な思いの重なりから生まれる何かかもしれません。うるさく感じて離れたいと思うけれども常にともにある。そして、ある時、ふっと別の音にもひかれる。

この本はこのように始まります。

ある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきた。その音を聞いているうちに、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。

タイトルの「遠い太鼓」はトルコの古謡からとったものとか。音に誘われて旅に出る。それも人間らしい素朴な行いなのかもしれません。音の原始は、あるいは、音を求める原始は、生きているものがすべて持つ、脈動なのではと、私は勝手に想像しているのですが・・・。

 

3 ウィリアム・ブレイク作 池澤春菜・池澤夏樹 訳

『無垢の歌』(2021)毎日新聞出版

ウィリアム・ブレイク(1757〜1827)は産業革命期のロンドンに生きた詩人で画家、銅版画職人。自らの詩と彩色版画による幻想的な詩集をつくりました。また預言詩『ミルトン』に収められた詩「エルサレム」はイギリスの国家として歌われています。ブレイクの詩はさまざまな分野の作家に影響を与え、日本では柳宗悦、ノーベル賞作家の大江健三郎さんもその一人です。

さて、そのようなブレイクの詩は私には難しいのでは?と長年思っていたのですが、最近手にして感銘を受けたのが池澤春菜・池澤夏樹の訳によるこの本です。親子でもあるふたりがブレイクの詩の訳と解説を分担していて、その言葉がとてもやさしく美しく、調子や音色が素敵なのです。

ブレイクの詩(歌)には音と文字とその両方の美しさがあると、訳者の春菜さんはまえがきで綴っています。「ブレイクの言葉の中にある優しさ、愛おしさ、明るさや清らかさ、善きものに向かう心をこぼさずすくえるように」日本語にしたそうです。

思えば詩(歌)は音から生まれ、文字から生まれています。両者はきっと不可分の存在で、音の聞こえない人、文字の見えない人にも、その両方を届け合うことで、意味や情景、思いとなって膨らみ、詩が伝わるのかもしれないと思います。

池澤親子が訳者となって心をこめて届ける無垢の歌たち。ブレイクの音と文字の両方の良さをこぼさぬように、大切に私たちに渡してくれている気がします。

(スタッフN&C)

 

どこかから音が聞こえてきそう。風や雲の流れ、物語の言葉のなかに・・・。

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